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二刀流、少年野球とリトルシニア――どっちも中途半端

今年から、少年野球とリトルシニアの「二刀流」を始めました。

石巻リトルシニアでは、中学3年生4人、中学2年生11人、中学1年生16人の31人。


石巻東部野球スポーツ少年団では、6年生6人、5年生4人、4年生3人、3年生4人の17人。

合わせれば、48人の選手たちと関わることになりました。

もちろん、二刀流にはデメリットがあります。

単純に、一人ひとりの選手を見る時間が半分になってしまいます。

大会や練習試合、チームのイベントなどが重なれば、どちらかを選ばなければならない。

「今週はどっちに行く?」

そんな選択を迫られることもあります。

指導者としても、保護者としても、どちらにも十分な時間を使えているかといえば、決してそうではありません。

少年野球もリトルシニアも、指導者だけで成り立っているわけではありません。

審判をしたり、グラウンドを作ったり、道具を準備したりする選手の父親。

アナウンスやスコアラー、給水、暑い日の熱中症対策など、細かなところまで子どもたちを支える選手の母親。

もちろん、役割が男女で決まっているわけではありません。

それぞれが、それぞれの立場で、子どもたちのために動いています。

そんな中で、私自身が二つのチームに関わっていることで、十分にお手伝いできない場面もあります。

「もう少し力になれたら」と思うこともあります。

それでも、周りの皆さんに支えてもらいながら、今の自分にできることを精一杯やらせてもらっています。

だからこそ、二刀流を始めてみて、本当に「やってよかった」と思っています。

少年野球には、まだ決まっていない未来がある

少年野球には、私の息子はいません。

だからこそ、親としてではなく、一人の選手としてフラットに見ることができます。

そして、小学生を見ていて強く感じることがあります。

まだ、何色にも染まっていない。

中学生になると、良くも悪くも、少しずつ「自分はこういう選手」という形ができてきます。

得意なこと、苦手なこと。

自信のあるプレー、苦手意識のあるプレー。

体格や技術、性格。

いろいろなものが積み重なって、その選手らしさが生まれていきます。

もちろん、それは成長の証です。

しかし、少年野球は、教えれば教えた分だけ、純粋に吸収していく。

だから、可能性が本当に大きい。

「この子は内野手だ」

「この子は打つタイプだ」

「この子は足が速いから走る選手だ」

大人が早い段階で決めつけてしまえば、その可能性を狭めてしまうかもしれません。

まだ何色にも染まっていないからこそ、何色にでもなれる。

それは、野球だけの話ではないと思います。

自分の色は、自分で決めればいい

このブログのテーマでもある「自由な生き方」。

子どもたちにも、できるだけ自由でいてほしいと思っています。

野球を続けるのもいい。

違うスポーツに挑戦するのもいい。

勉強に夢中になるのもいい。

高校で野球を続けるのも、途中で別の道を選ぶのもいい。

大人が用意した「正解」に合わせるのではなく、自分で選んで、自分の色を作っていけばいい。

スポ少→リトルシニア→高校野球→甲子園→プロ野球
野球を志すなら、これが正解!・・・ではないんです。

少年野球の指導で大切なのは、技術を教えることだけではないのかもしれません。

子どもたちの可能性を狭めず、選択肢を増やしてあげること。

そして、いつか自分自身で「この道を進みたい」と決められるようにすること。

それも指導者の役割だと思っています。

何色になってもいい。

途中で色を変えてもいい。

野球人生だって、人生そのものだって、一本道である必要はありません。

小学校から中学校へ、野球人生をつなぐ

リトルシニアには、また違った面白さがあります。

私は2人の息子を、少年野球からリトルシニアまで育ててきました。

現在は長男が高校2年生、次男が中学1年生。

親として経験してきたことが、今度は指導者として生きています。

小学生を見ていると、

「この先、中学生になったらどう成長するんだろう」

と思う。

そして中学生を見ていると、

「小学生の頃は、こんな感じだったな」

と思い出す。

小学校から中学校へ。

野球人生がつながって見えるのです。

そして、少年野球とリトルシニアの両方を見ることで、選手だけではなく、野球を支える人たちの姿まで見えるようになりました。

指導者、保護者。

それぞれが、それぞれの立場で子どもたちを支えている。

選手がグラウンドで思い切り野球ができるのは、こうしたたくさんの人たちの力があるからです。

二刀流を始めたことで、私自身の視界は確実に広がりました。

「二刀流」は、やっぱり大変

今年から始めた二刀流。

正直、親として「三刀流」になるのは厳しいかな……と思っています。

少年野球、リトルシニア、そして自分の仕事と、息子たちの扶養義務。

全部を100%やろうとすれば、身体がいくつあっても足りません。

だからこそ、今できる範囲で、できることを精一杯やる。

どちらも中途半端になってしまうかもしれない。

もしかしたら、周りの皆さんに支えてもらってばかりの部分もあるかもしれません。

そんな私にとって、心強い存在がいます。

チームには、私と同じように少年野球とリトルシニアの両方に関わっている指導者がいます。

年齢は私より下ですが、二刀流では先輩です。

同じ立場だからこそ分かる悩みや工夫もあります。

その方の話を聞くと、「なるほど、そんなやり方もあるのか」と思うことがたくさんあります。

二つのカテゴリーに関わるからこその難しさを、実際の経験から教えてもらえる。

年齢に関係なく、先輩から学べることはたくさんあります。

自分一人で試行錯誤するよりも、同じ道を歩いている人の話を聞けることは、本当にありがたいことです。

そう考えると、二刀流は大変なことばかりではありません。

新しい人と出会い、新しい考え方を知り、自分自身も成長できる。

これも、二刀流を始めた大きな収穫の一つです。

小学生から中学生まで。

まだ何色にも染まっていない選手から、少しずつ自分の野球を見つけ始めた選手まで。

様々な選手たちと関わることで、自分自身もたくさんのことを学ばせてもらっています。

「二刀流、どっちも中途半端」

そんな言い方もできます。

でも私にとっては、

「二刀流だからこそ見える景色がある」

のです。

そして、少年野球、リトルシニアの子どもたちには、まだまだ自由な未来があります。

大人が色を決めるのではなく、自分自身で好きな色を選んでほしい。

何色になってもいい。

途中で色を変えてもいい。

自由に選び、自由に挑戦し、自分の色で生きていく。

そんな子どもたちの成長を、これからも少し離れたところから見守っていきたいと思います。

そして、私自身もまた、そんな自由な生き方を楽しんでいるのかもしれません。

本当に、二刀流を始めてよかったと思っています。
立派な心と丈夫な体をつくろう!それではまた!