〜遊びの延長線上にある楽しさと、本気で取り組んだ先にある楽しさ〜
この春から、私は二つのグラウンドに立っています。
一つはスポ少の少年野球。
もう一つは中学生のリトルシニア。
小学生と中学生。
同じ野球でも、見える景色はまったく違います。
この3ヶ月、二つのグラウンドに立ちながら、改めて感じたことがあります。
そしてその先には、高校野球があります。
長男は高校2年生。
次男はこの春、中学1年生になりリトルシニアへ進みました。
長男が歩んできた道を、これから次男が歩いていく。
その姿を見ながら、野球のつながりを強く感じています。
スポ少では春から
マクドナルド杯、ジャンボ大会と大きな大会が続きました。
小学生にとって大会は特別です。
でも、このチームはまだ
「勝つこと」よりも
「野球って楽しい」が先にある時期だと思っています。
打てた。
捕れた。
走れた。
褒められた。
その一つひとつが自信になり、
野球を好きになっていく。
この積み重ねが、本当に大切です。

私たちのチームモットーは
「立派な心と丈夫な体を作ろう」
この言葉が、少年野球の本質だと思っています。
挨拶。
返事。
道具を大切にすること。
仲間を応援すること。
最後まで走ること。
技術より先に育てたいものがある。

それが人間性です。
少年野球は、
野球を覚える場所でもあり、
人としての土台を作る場所でもあると思っています。
そして私は今、確信しています。
スポ少で積み重ねた経験は、
中学野球に確実に生きている。
これは本当にそう感じます。

挨拶ができる。
準備ができる。
話を聞ける。
仲間を思いやれる。
こういう当たり前のことが、
中学野球では大きな差になります。

少年野球で学ぶことは、
決してその場限りではありません。
次のステージにつながっている。
それを今、目の前で実感しています。
でも小学生は、まだまだ子供です。
野球のこと以外でも、
気軽に私たちのところへ寄ってきます。
「今日学校でこんなことあった!」
「これ見て!」
「聞いて!」
野球とは関係ない話もたくさんしてくる。
その距離感が、とても近い。
それが小学生の魅力です。
でもその反面、
集中が切れるとふざけることもある。
気づけば放課後の延長のような空気になることもある。
それも子供らしさの一つです。
ただ、そこで伝えたいことがあります。
遊びの延長線上にある楽しさと、 真剣に取り組んだ先にある楽しさは違う。
仲間と本気で声を掛け合うこと。
苦しい練習を乗り越えること。
うまくいかない悔しさを知ること。
その先にある一つの成功。
その時に感じる喜びは、
ただ楽しいだけでは味わえないものです。
その「本当の楽しさ」を知ってほしい。
だからこそ、目を離さず、声をかけ続ける。
この年代は、人としての土台を作る大切な時期だからです。
一方でリトルシニア。

春季大会。
そして3年生最後の大きな舞台、日本選手権予選。
この試合を見て感じたのは、
やっぱり「背負っているものが違う」ということでした。
同じ一球でも、重みが違う。
小学生なら
「次がある」。
でも3年生には
「これが最後かもしれない」がある。
その覚悟が、プレーにも表れていました。
そして中学生になると、
少しずつ選手自身が距離を置くようになります。
小学生のように無邪気に寄ってくることは減る。

これが思春期なのかもしれません。
もちろん選手によります。
でも、自分なりに考えながら野球と向き合う時間が増えているように感じます。
それもまた成長です。
そして何より印象的なのは、試合後や練習後です。
親への感謝。
仲間への感謝。
指導者への感謝。
その気持ちが、ちゃんと見える。
ここまで来るまでに、
支えてくれた人たちの存在を理解している。
それは野球の技術以上に、大きな成長だと思いました。
そして、その先にある高校野球。
高校野球は、ある意味ひとつの集大成です。
小学生で作った土台。
中学生で鍛えた技術と心。
そのすべてをぶつける場所。
小学生、中学生、高校生。
その時間は、決して点ではない。
一本の線でつながっている。
だからこそ思います。
少年野球の今が大事なんです。

今の一つひとつの声かけ。
今の一つひとつの習慣。
今の一つひとつの経験。
それが未来につながる。
二つのグラウンドに立つ今だからこそ、
その意味を強く感じています。

野球は技術だけじゃない。
人を育てるスポーツです。

そしてその成長は、
確実に次のステージへつながっていく。
これからも、その成長を見守りながら、
私自身も一緒に学んでいきたいと思います。

